運ばれてきたお好み焼きにへらをいれて、だいたい半分にする。
 今日はクマの左隣に座っていたのだが、気づいたことがひとつ。この人、左手をそえて食べない人なんだ。
 箸の持ち方が変な私だけれど、左手だけはどうやっても添えて食べる。左手をつかわないで食べている人をみると、ちょっとむっとすることもある。
 クマって、左手出さない人だったんだ、とはじめて知ったような気がする。
 昨日の串焼き屋で私がレモン片手でしぼろうとしたら、しぶきがとばないように自分の片手でガードしてきたくらいなのに。
 ちょっと意外なくせだった。
 お好み焼きは結局、私が3分の1食べただけ。もう少し食べられたのだが、向こうが足りないといけないので遠慮してみた。
「……流石におなかがいっぱいです」
 遠慮しなくてもよかったらしい。
 いつものように、会計は相手に任せる。で、いつもは自分が食べた分くらいを払うのだが、今回は同じ物を食べあった上に、私が食べた量が少ないし割り勘にするのは嫌味かなとも思う。
 結局、
「おいくらお払いすればよいですか」
 と店の外で財布を出しながらきいてみた。さりげなくレジの横でいわれていた金額もきいていたし、昨日と同じならば向こうが少々多めに払ってくれるだろうと思っていた。
「ここはいいですから、次の喫茶店を奢ってください」
「はい」
 この時点で時間は10時の少し前。昨日は飯を食い終わったらさっさと帰られてしまったので今日もそうだろうと思っていたから、その言葉だけで顔が笑顔になった気がする。
 遅くまでやっている喫茶店があるのかどうか。向こうに任せてたれたれとそこらへんを歩き、12時までやっているというところを見つけて入る。
 クマはホントに具合がよくないらしく、ケーキも頼まずに珈琲だけ。
「一口いかがです?」
「結構です。……いつもなら『一口』いわれたら、一口だけ残して全部食べるんですけれどね」
 重症だ。
 忘れないうちにと「お中元」とのしをつけた土産を渡す。ていうか、昨日も覚えていたのだけれど、さっさと交差点で見送りを受けたのでなんだか腹がたったので持って帰ったのだ。
「土産、っていうよりお中元なんですけれど」
「(かさかさとふってみて)お菓子じゃないんですか」
 ナボナはえらい軽いからな。
「いえ、お菓子ですよ?」
「ああ、よかった」
 途端に、滅茶苦茶嬉しそうな満面の笑みになる。……甘味好きなのはともかくとして、食べ物じゃなかったら困っていたということか、それは?
 藤重のCDも渡したりして、そのままなんとはなしに時間をすごす。

 さっきもそうだが、どうしてもクマの口数が少ない。こちらもなにか話題がないかと必死になって探してみる。
 野球の話をしたり、渡辺えり子さんが好きだということをきいたり。藤重のミュージカルのことも少し話した。
 喫茶店ですごしたのは30分あまりだったのだが、煙草を3本ほど吸っていた。珈琲だけだと手持ちぶさただったんだろうけれど、私の前にしてはハイペースだったな。私が嫌いなのを知っているからなるべく、いつもは遠慮する人なのに。
 そして、もうひとつ。何故か、目を合わせようとしないのだ、この人は。今までは、こちらが話すとき、そして自分が話すときは基本的にちゃんと目を見ていた人なのに、今日にかぎってはほとんど目線が合わない。コンタクトの調子が悪いから、直視できないのかなと思いつつ。(目薬をさしたり、目尻を引っ張ってぐるぐるまわしたりの百面相が見られて面白かったんだが)
 ……ていうか、そんなに私の胸元気になりますか?(爆)
 昨日と同じ黒のTシャツなんだが、昨日はシャツブラウスをはおっていたり、カウンターで隣座りをしていたりで、それほど目立たなかったのだろう。買うときに私も、ちょっと胸繰りがあいてるなーとは思ったのだけど、夏場だしチョーカーがはえるデザインのほうが好きだったのでさくっと購入したやつだ。
 どうせ、上肉も谷間もできないのでブラ紐が見えないようにしていれば問題ないと思っていたのだが。ひょっとして、クマはこのぺったんこな胸が気になってこちらを見られなかったのか?
 まぁ、あんまりにも気持ちがダウンしたために、ざっくりやったやつが3本ほど紅い筋はしらせていたというのもあるのだが。腕にやるより目立たないだろうと思っていたが、鏡でみたら結構目立っていた。それについても突っ込みもなかったな、そういえば。
 ――心理学的にいって、男性は興味がない相手に対しては平気で視線を合わせるという。反対に意識してしまうと目が合わせられないそうだ。
 クマが目を合わせてこないので、いつもなら人と目を合わせるのが苦手な(クマに限らず人間全部)私がしげしげと相手を観察しながらすごすことができた。
 ちょっと窮屈そうでまっすぐに座れない足下とか、煙を吐き出すときに横を向く仕草だとか、灰皿の灰を無意識のうちに一所に寄せている指先とか。
 おかしな話だが、今回余裕があったのは私の方。あれだけ昨晩(てか明け方か?)じたばたして神経症を起こす一歩手前(てか刃物に手を出したあたり発病してたんだが)だったにも関わらず、こうしてクマを観察することも、次の話題を考えることもできた。
 話題が出ないとやっぱり困るのだけれど、前ほどそれでせっぱ詰まった感じを受けない。のんびりした会話のトーンでも許せるようになった。(今一歩すれば楽しむレベルまでいくのだろうが)
「今年は酒祭り、お手伝いされないんですか」
「ええ」
「じゃあ、普通に遊びにいかれるんですね」
「はい」
 非常に嬉しそうな顔だった。仕事じゃないのなら、その時に遊んでもらいたい……という意識もあったのだが、そんな超地元に女連れでいけないだろうし、なによりお友達の方といきだいだろうから、嬉しそうな顔を見ているだけにしておいた。
 ……ここで重要なのは、酒祭りに関わらなければその前後は仕事できゅうきゅうしていないということなのだから。
 今いる水道局がいわゆる出向扱いになるらしいこともきいた。前にも出向をしていて、そこから戻ってくるときには希望部署にいれてもらえるから、観光課にいたらしい。去年、街を案内してくれたときにえらい生き生きとしていたのはやはり、やりたい仕事をやっていたからか。二年後にはまた、同じ部署に戻っていくのかなぁ。そうなると、またその時期忙しくてかまってもらえなくなるのだが。

 ゆるやかな時は終わり、店を出ることに。会計は約束どおり、私が払った。
 店を出たところで、見せようと思っていたものを取り出す。わざわざ連れて行ったくま吉だ。
 相変わらず、クマは愛らしいものに弱い。にっこりと満面の笑みを浮かべる。
「……似てませんか?」
「誰にです?」
「だから、似てません?」
 じっとこちらは向こうの顔を見ているのだけれど、思いつかないらしい。
「だから、  さんに」
「どこが?」
「年末に白いフリース着てらしたでしょ?」
「……ああ。それだけじゃないですか」
「でも、眼鏡をかけさせたら似てるんですっ」
「眼鏡とフリースだけでしょ」
 どうにもとりあってくれない。
「えー、でも似てますよ、シロクマに」
「くま系といわれたのは初めてですね」
「じゃあ、何に似ているといわれるんですか」
「ロバ」
「え?」
「ロバ。あとラクダとか」
「……。なんでですか」
「歯並びのせいでしょうね」
「歯並び?」
「受け口なんです」
 て、これは手をつかって表現してくれたのだけど。ようは、上と下の歯が重なるというよりも先端がついているということで。まぁ、顔もどちらかというと面長だし。
 でも私の中では、どうしてもシロクマなんだけどなぁ。

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